デヴィッド・イェーツ監督。
ハリーポッターシリーズ最新作です。姪を連れて映画館で見ました。公開後二週間という時期でまだ混んでいるかなと思ったのですが、複数スクリーンで上映しているせいかそれほど混んでいませんでした。
原作本のほうは下巻の途中までしか読めていなかったので結末は判らないまま見てましたが、過去の作品と比べるとちょっとあっけないというか淡泊だったかなという印象です。
主人公のラドクリフ君がもうすっかり男っぽくなっていて、やせっぽっちのハリーというにはちょっと逞しすぎるかなあという体格。まあ長期シリーズではこれは仕方ないか。でもロビーにあった過去作品の写真と見比べると昔は可愛かったなあと思わず呟いてしまいます。
と郷愁に浸っていても仕方ないので本編の感想に話を戻すと、分厚い原作本を2時間半という映画の時間に収めるにはかなり多くのエピソードを切らなければいけなかったのは判るのですが、ちょっと切りすぎかと。ハリーポッターの物語の面白さは細かい設定やちょっとしたサイドストーリーにあると思っているので、そういうのをたくさん削ってしまうと小説の面白さは半減してしまいます。
また、カットした都合で話の連続性を持たせるために原作と違う人が台詞を言ったり行動をしたりという場面がいくつかありました。
やはり原作本と映画は別物ということなのでしょうかね。
映画単体として見れば結構面白かったかなあと。あと不思議ちゃんルーナ・ラブグッド役の女の子が思っていたより可愛かった。ハーマイオニーよりタイプかも(笑)
個人的にはハリーポッターはもういいかなとも思っているのですが多分次回もまた姪を連れて見に行くだろうと思います。
# by chiaki_matsumoto | 2007-08-18 03:27 |
映画
「ただ船から手を振るだけなのにどうして涙が出るんだろう」
錦織良成監督。テレビの深夜放送で見ました。
公開当時この映画のことを何かで知って、その時から見たいなあと思っていたので、テレビ欄で見つけたときは「おっ」と思いました。
「白い船」という味も素っ気もないタイトルなのと、映画のタイトルもうろ覚えだったので自信がなかったのですが、ネットで調べたらやはりその映画でした。
普段深夜映画は録画して見ることが多いのですけど、リアルタイムで見ました。
話はいたってシンプルで、ある田舎の小さな小学校が舞台です。ある男の子が教室の窓から見える海に白い船を見つけ、そのうち学校全体で白い船を見るようになります。白い船が定期航路のフェリーだと判ってやがて手紙やファクシミリで船長さんと交流が始まり、最後はその子達が船に乗る、というお話。
まあ、途中や冒頭などに色々他のお話は絡むのですけど、とにかく出てくる人がみんないい人です。悪人が全然出てきません。
子供達が白い船を探す姿も純粋(今時こんな子供達ばかりというのが現実離れしているのかもしれませんが)なのですが、それ以上に周りの大人達がすごく純粋というか一所懸命というか、校長先生はフェリー会社に電話をかけて学校からよく見えるように近くで停泊してもらえないかと掛け合ったり、担任の先生は窓からよく見えるように展望台にあるような望遠鏡を教室に設置したり、子供達よりも頑張っています。
でも本来、子供達のために大人が一所懸命になるというのはすごく普通のことなんですよね。ところが現実には、社会的制約や建前や規則などで、子供の夢をしぼませて押さえつけるだけになっていることが多いのだろうと思います。
この映画のように子供と大人が関われたら素晴らしいと思いますが。
エンディング近く、ついに社会見学という名目で子供達は船に乗ることが出来ます。船が学校の近くを通るとき、地元の漁船が大漁旗を揚げてフェリーと一緒に走ります。岸でも手を振るたくさんの人々。子供達も故郷の人々に向かって大きく手を振ります。
主人公の女性教師がつぶやきます。
「ただ船から手を振るだけなのにどうして涙が出るんだろう」
まさに、この映画はこの言葉の通り。沖を白い船が通る。その船に乗りたいと思った。ただ、それだけのことでこの映画は出来てます。でも泣ける。
実を言うと話のあらましを知っていた私は、もう前半の途中の何でもないシーンくらいから目頭が熱くなってました。
美しい山、美しい海、そして伸び伸びと遊ぶ子供と一所懸命に働く大人達。本当の「美しい国」がこの映画にはあります。現実の「美しい国」はどこにあるのでしょうか。
この映画がただのファンタジーでなくならないように。そう思います。
# by chiaki_matsumoto | 2007-08-17 03:29 |
映画
細田守監督。テレビで放映されたのを見ました。
原作も原田知世主演で映像化した映画もリアルタイムで見ていた世代としてアニ
メ版はどうなのかと思ってましたが、設定もキャラクターもストーリーもまった
く別物という感じで楽しめました。
特に主人公がカラオケや焼き肉を何度も楽しむためだけという脳天気な理由で何
度もタイムリープを繰り返し、その度にゴロゴロと転げ回っているシーンなどで
は笑ってしまいました。
ストーリーは別物と書きましたがその根本的な所は変わってないというか、タイ
ムリープという特殊な能力を鍵として、高校時代の微妙な三角関係を描いている
のは同じです。
見終わった後に心に残る爽やかさや切なさも前作の実写映画版にも負けません。
(なんだか昨日書いた「青空のゆくえ」の感想と同じになってますが)
タイムリープという能力に対する考え方、感じ方について、アニメ版では結構む
ちゃくちゃな使い方をしていて、映画版でその能力に悩んでいた主人公とは、キャ
ラクターの違いということもあるかもしれませんが、時代の違いということもあ
るのかもしれないなあ。
アニメ版が公開されたときはちょっと心配だったけれど実際に見てみるといい作
品でした。口コミで評判が広がったというのも納得です。
# by chiaki_matsumoto | 2007-08-15 21:10 |
映画
深夜のテレビで見ました。
登場人物は中学生の少年少女たち。
特に女の子は、森田彩華、黒川芽以、多部未華子、悠城早矢、西原亜希とカワイイ子ばかりです。
主人公の男の子(バスケ部の部長で顔もカッコイイ)が突然アメリカに引っ越すことになり、その時の挨拶で「やり残したことは…ひとつかな」と発言する。
そのやり残したことは冒頭や途中のシーンで特に伏線というまでもなく、見てれば判るのだけれど、一部の者達は「好きな女の子への告白」だと思う。
それぞれの女の子たちとの微妙な距離感や、友情とも恋心とも区別できないそんな淡い感情が登場人物の子供たちの間で交錯します。
多くの人が通ってきた中学時代の微妙な心の動きや切なさがうまく描かれています。出てくる子役の人たちが等身大で奇をてらうことなく演じている(あるいはそういう演技を監督が引き出している)のがよいと思いました。
泣いたりする映画ではないけれど、見終わった後どこか懐かしくなるようなそんな映画です。
個人的には「ダンドリ」に出ていた悠城早矢があのドラマとはちょっと違った雰囲気で出ていて好きです。それと、今ネットで調べたらドラマ版「がんばっていきまっしょい」にも出てたんですね。役柄の説明見たら思い出しました。「がんばっていきまっしょい」に出てた雰囲気とこの映画の時の雰囲気は同じ雰囲気でした。
# by chiaki_matsumoto | 2007-08-14 23:33 |
映画
見に行ってませんし、見る予定もありません。
何年か後にテレビでやってたら見るかもという程度の興味ですが、あの程度のトランスフォームのビジュアルは以前見たことがあります。
「リターナー」という邦画で、金城武と鈴木杏が主演でした。
あの中で、エンディング近くでジャンボジェットが宇宙船(?)にガシャンガシャンと変形するシーンがあります。
シーン自体は短いものでした(予算的なものもあったのだろうし)が、「トランスフォーマー」の予告映像を見る限りはおんなじ感じのCGだし、侵略物としてのストーリーの面白さも感じられないし、無駄に金かけたなあという感想です。
はい、本編。見てませんけど。
# by chiaki_matsumoto | 2007-08-11 23:32 |
映画
阿久悠さんが死去されました。
シングル1位が22曲というと逆にえ?それだけ?と思ってしまうほど偉大な作詞家でした。
現代歌謡曲の一つの方向性を示して実現してみせた方でした。
私が詞を書き始めた頃書店にあった「作詞入門」の著者が阿久悠さんでした。
詞の書き方についてはそれほど影響を受けたわけではないけれど、そういうテクニックやテーマといったものより深い所で、歌との出会いという原体験において阿久さんの書かれた多くの歌が与えてくれたものは大きいと思う。
まだまだ社会に何かを残してくれたはずの人でした。
ご冥福をお祈りします。
# by chiaki_matsumoto | 2007-08-02 23:29 |
音楽
二場所の出場停止とは普通に考えると厳しい処分だと思うが、朝青龍の取った行動に対する処分としては妥当かと思う。
かつて休場中に球場へ野球観戦に行っていた横綱は引退に追い込まれた。
それだけ横綱は大相撲の顔であり社会に対してファンに対して責任がある。勝つことだけが責任の果たし方ではない。
格闘技嫌いの私が大好きな数少ないうちの一つが大相撲である。
日本の大相撲には長年の歴史に裏付けされた美がある。
それは文化でありアートであり「道」なのである。
道具も何も持たず、居合い抜きにも似た一瞬の攻防で勝負を決する。そして土俵に対して相手に対しても「礼」を忘れない、それらは、今の日本人の多くがどこかに置き忘れてきたかつての美しい国の有様を今に伝えている。
何も聖人君子になれというわけではない。相撲に対する「礼」を忘れないでいてほしいだけなのだ。
謹慎の4ヶ月間、何を考え実践するか、朝青龍の横綱としての資質が問われている。
# by chiaki_matsumoto | 2007-08-01 23:47 |
日記
下の姪が中学校で吹奏楽部に入ってまして、1年、2年生の時はそれほどではなかったのに3年になって新任の先生が顧問になってから練習時間も増えて、先日は地区大会で金賞(最優秀ではありませんが)になって県大会に出場することが出来ました。
昨日日曜日には別のコンクール(中日コン)に出ていて、私も観覧に行ってきました。こちらは出場校数が少し少なくて中学大編成の部で6校ですが、そこでも金賞を取ることが出来ました。でも残念ながら本大会へは出場できず。姪の話ではみんな悔しがっていたそうです。
しかし、以前中学校の何かの催しで聞いた時とは段違いに上手くなっていて、しかも今回は4月に入学したばかりの1年生もメンバーに入れていたので、相当練習頑張ったのだろうと思います。
審査結果を聞く最後まで会場にいたので午前中から夕方までどっぷりと音楽付けの一日でしたが、学生たちの一所懸命な姿にこちらも力をもらいました。
# by chiaki_matsumoto | 2007-07-30 23:44 |
日記
ちびちびと合間を見て進めております戦国無双。
「今度もわしはカッコイイよぉ」ってなんちゅう台詞やねん、とつっこみつつも最終ステージ。山崎の戦いです。
史実では中国大返しをした秀吉軍と本能寺の変で信長を討った光秀との戦いですが、信玄が上洛したこのシナリオでは武田信玄・上杉謙信軍が信長軍と戦うというストーリー。
本来総大将であるべき信玄が自ら前線に立って敵武将を倒していくのには少々抵抗もあるのですがそういうゲームだから仕方ありません。敵方では前田慶次がちょっと手強いですが、信玄の敵ではありません。(イージーモードですから)
ただ! 3回やりましたが未だクリア出来ません。原因は謙信。弱すぎます。総じてこのゲーム、操作する武将以外は弱すぎます。信玄が救援にいかないと毎回討ち死にします。このステージでは信玄はもちろんのこと、謙信、幸村のいずれかが死んでもゲームオーバーです。なら、一カ所に集まっておとなしくしててほしいのですが、それぞれが別々の方面で戦っているので救援に行くのも大変です。その間に北から南から敵が侵入してくるのでそれを阻止しろとかのミッションが発生するので、信玄さん戦場を右往左往です。
3回やってダメだったので、次はもうミッションは捨てます。どうせ最終ステージだし。ああ、でも、南側で前田慶次倒しておかないと今度は幸村さんが討ち死にしそうだしなあ。いっそ、敵本陣にまっしぐらに突入して信長さんを叩きますか。
このステージはどういう戦い方が正解なのかよく判らないなあ…。
# by chiaki_matsumoto | 2007-07-18 23:42 |
日記
紀元前480年、オリエントの大国ペルシアとスパルタを中心としたギリシャ陣営が戦ったテルモピュレーの戦いを題材にした映画「300」(スリーハンドレッド)を見てきました。
この手の映画は最近では「グラディエーター」「トロイ」「アレクサンダー」なども見ましたが、今回のも同じようなテイストで、画もちょっとセピアっぽく処理されていて、こういうのが西洋人にとっての定番なのかなと思いました。特に、衣装というか鎧や甲、盾などが「トロイ」と同じような感じなので、余計にそう思えました。まあ、時代考証的にあってるかどうかは私としては大きなことではないのですけど、トロイの時代と比べるとかなり新しい時代の戦いにも関わらず、あまり違いがなかったなあという感じです。
R15指定ということである程度は予想していましたが、戦闘シーンはかなりスプラッターです。腕が飛ぶ足が飛ぶ、最後は首が飛びます。(でも首が一刀両断された時にほとんど血が出ないのはちょっと疑問?大動脈切られたらそれなりの血が出ると思うのだけど)
それはさておき、ペルシア軍の大軍が迫っている状況なので、最後まで緊張感がとぎれず、上映時間もそれほど長くなく飽きずに見終わることが出来ました。
トロイ時代とスパルタ時代であまり差が感じられなかったと書きましたが、対するペルシャの軍の構成も、後生の東ローマ時代にコンスタンチノーブルを攻めた時も、300に出ていた不死軍団みたいな精鋭の親衛隊がいたりして、よく似てるなと思いました。
古代ギリシャ好きなら見ても損はない作品です。でも血を見ると気持ち悪くなる人は(私もそうですが)見る前に気を強く持ってから見ましょう。
# by chiaki_matsumoto | 2007-07-10 23:40 |
映画